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横浜市大外科治療学心臓血管外科 笠間啓一郎

私の留学体験記

留学先;Leuven Catholic University Hospital (Belgium)

早いもので既にベルギーに渡ってから2年半経ちました。最初の一ヶ月は事務手続きに奔走したのも懐かしいかぎりです。

これまでのベルギーでの留学生活の様子を簡単にお話したいと思います。

1年目:私の立場はリサーチフェローでした。週に2回オペ室、残りはラボに通うという具合にボスから言い渡されました。しかしながらオペ室では新参者である上に、ライセンス(ベルギーにおける外国人用期間限定医師免許)もないので、はじめは手洗いもままならず、ただただ手術を見学する日々が3ヶ月くらい続きました。この時期は、俺の留学って一体?と不安に駆られることも多々有りましたが、とにかくじっと手術をみて、存在をアピールしようということだけを考えていました。
3ヶ月くらいしてから第二助手として、さらに半年後ぐらいから、第一助手として手術にはいるようになりましたが、まだチームには溶け込めて無いような、そんな気がしていました。当時Leuvenには僕以外にベルギー国外からのフェローも多く、いろいろな国の心臓外科医と話ができたことは有意義でした。

その傍ら週3日ラボに通い、羊を使った人工臓器の植え込み実験などを同僚とともに行っていました。実験そのものは今まで経験が無かったのですが、色々と勉強になりました。また医師としてのライセンス申請に語学が必要だったのでオランダ語の講義にも夜間週3回通いました。その甲斐もあって、無事語学試験に合格し、渡航一年後にライセンスを得ることができました。


2年目以降;晴れて正式に医師として認められたので、立場がクリニカルフェローとなりました。週5日病院勤務となり、毎日1−3件の開心術に第一助手として参加できるようになりました。手術は成人小児関係無く、割り当てられます。午前中新生児の手術に参加した後、午後から80代の患者さんの手術ということも多々あり、なかなか日本では経験できないようなスケジュールでした。オンコールも担当するようになり、緊急手術だけでなく、ICUでの外科処置、肺移植の際のECMO装着、心移植などにも参加できました。心移植に関しては、責任者として、ベルギー国内にとどまらず国外にも出かけ、これまで10例以上ドナーハート摘出してきました。プライベートジェットに乗り、摘出に出かけたことも良い思い出でです。



心臓外科医としての生活の傍ら、家族との時間がとれたことは私にとって大きな喜びでした。日本では週末も病院に出向いていることが多く、あまり家族との時間はとれませんでしたが、ベルギーではオンコールでない休日は、子供達と思う存分遊べて本当に幸せです。家族もベルギーでの生活に馴染んでくれたおかげで、心配なく仕事に向かうことができました。家族の支えがあるからこそ、充実した生活がおくれているのだと実感しています。

 


今回この留学の機会を与えてくださった外科治療学 益田宗孝教授、また応援してくださった外科治療学(旧第一外科)の皆様、友人の皆様に感謝いたします。この経験を日本での臨床業務に生かし、精進して参りたいと思います。

ルーヴァン・カトリッ ク大学