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冠動脈バイパス術について

 2012年2月に天皇陛下がお受けになったことで、一般の方にもより広く知られるようになった冠動脈バイパス術。もしご自分の大切な方が、ご親類、ご友人が、あるいはご自身がお受けになるとしたら・・・・・。まだまだわからないこと、不安なこと、知りたいことが多いのではないでしょうか。ここでは冠動脈バイパス術について、できるだけわかりやすくご説明したいと思います。

心臓がどうなっちゃってるの?
 みなさんご存知の「狭心症」「心筋梗塞」。どちらも恐ろしい響きです。「胸が苦しくなる」「締め付けられる」、心臓に起こる、言わば大事件です。この時、心臓ではいったい何が起こっているのでしょうか。

 心臓は腕や足と同じような筋肉組織でできています。そして血液を循環させるポンプとして、休むことなく規則正しく収縮、拡張を繰り返しています。1分間に80回拍動しているとすると1日で115200回、1年で4200万回以上、人生80年とするとおよそ34億回!天文学的な数字です。この心筋がずっといい調子で働き続けるためには、筋肉を養うための血液がよどみなく流れてくることが必要です。心臓の中にはたくさんの血液がありますので、これが心臓の内側からじわじわと心筋に浸み込んで行く仕組みがあれば、この世に心筋梗塞なんて存在しなかったかも知れません。しかし残念ながらそうはなっていないのです。実際は心筋担当の血管が心臓の表面を走っていて、心筋に血液を運んでいるのです。この血管が、ここでの主役「冠動脈(かんどうみゃく)」です。

 新品のゴムホースは初めのうちは弾力に富み、軟らかくてしなやかなホースですが、雨ざらしで長年使っていると、だんだん固くなって、しなやかさを失い、ところどころひび割れてくることがありますよね。実は私たちの体中を縦横無尽に走っている動脈にもこんな変化が起きるんです。

「動脈硬化」。お聞きになったこと、ありますか。そうなんです、私たちの動脈がまさに読んで字のごとく「硬く」なるのです。動脈の壁が硬くなり、弾力を失ってしまう。場合によっては血管壁の一部が石のようにカチカチになってしまうこともあります。しかし血管が硬くなるだけならば、まだ病気とは言いません。顔にしみやしわが増えたり、白髪が目立つようになったり、「どっこらしょ」の回数が増えたりするのと同じ、年齢による変化とも言えます。

ところが、ときに動脈硬化が困った事態を引き起こすことがあります。「狭窄」です。「きょうさく」と読みます。これは動脈硬化で血管の壁が内側に向かって分厚くなって、血液の通り道を狭くしてしまう現象です。あまりに狭いとその部位よりも下流に血液が流れにくくなります。そしてこの「狭窄」はどの動脈にも起き得ます。例えば脳の血管に起きれば脳梗塞の原因に、足の血管に起きれば閉塞性動脈硬化症の原因になる、といった具合です。そして冠動脈にできれば、そう、「狭心症」「心筋梗塞」の原因になるのです。 冠動脈に狭窄ができるとその下流の心筋に血液が流れにくくなります。するとその部位の心筋は順調に動けなくなってしまいます。心筋自体には痛覚はないのですが、心筋に「血液不足事件」が起きているという信号が心臓付近の神経に伝わり、胸の痛みとして、場合によっては肩や歯の痛みなどの症状として現れます。これが狭心症です。さらに血液不足が続くと、心筋が動けないだけでなく、心筋組織が傷んで壊死してしまうこともあります。そうです、恐ろしい心筋梗塞です。

できればカテーテル治療のほうがいいんですけど・・・。
 冠動脈の狭窄。これが私たちの憎き相手です。当院では心臓専門の内科医、外科医ともにこの敵とどう戦うか、日々奮闘しています。現在のところ、薬による治療、カテーテルによる治療、そして冠動脈バイパス術という3つの作戦があります。今これをお読みになっている方の中には、もうすでに薬による治療、あるいはカテーテル治療をお受けになったことがある方も多いかもしれません。胸を開けたりしないで済むこれらの治療の方が、気持ちとしては受け入れやすいことは確かですよね。こう書いている私(心臓外科医)もできれば切らない方法で治りたいと思ってしまいます。

 しかしながら「手術向き」な患者様もいらっしゃいます。それはすなわちカテーテル治療が少し苦手としているようなタイプの患者様です。最近はカテーテル治療の技術、製品、ステントがどんどん改良されており、冠動脈バイパス手術の出番が減ってきているのは事実ですが、それでも具体的に挙げると、冠動脈の狭窄がたくさんある、冠動脈の根元が狭窄している、狭窄部位が分かれ道にかかっている、完全に閉塞していてこじ開けるのが大変、などの条件がある程度重なるとカテーテル治療では少しやりにくく、バイパス手術の方が治療しやすい、ということになります。

冠動脈バイパス手術って、どんな手術?
 私たちの住む横浜には保土ヶ谷バイパスがあります。横浜の中心部から東名高速の横浜町田インターチェンジまで片側3車線、制限速度80㎞/時、通行料無料で、御殿場アウトレット、富士サファリパーク、静岡、名古屋方面へ行くときなどは大変便利です。一方下道の国道16号線はいつも大渋滞(保土ヶ谷バイパスも渋滞しますが)、これではいつまで経っても東名高速に乗れません。

 冠動脈の狭窄はこの渋滞した国道16号線です。その狭窄の向こう側の東名高速にに血液を流すために保土ヶ谷バイパスのような別の経路を作ります。手術でバイパスをどう作るか(どこからどこへ何をつなげるか)はある程度パターンが決まっていますので、その患者様に応じてどのパターンで行くかを決めるわけです。病院によって、あるいは外科医によってどういうパターンで行くか多少の違いはありますが、それぞれの考え、信念、方針に則って決めています。

 私たちがもっとも多く採用するパターンは心臓から出てすぐの上行大動脈にグラフト(足の静脈)の片側をつないで、もう片側をターゲットの冠動脈(多くは右冠動脈や回旋枝)につなぐ方法です。このパターンでは上行大動脈に穴をあけてつなぎ合わせる作業がありますが、心臓が拍動した状態(オフポンプバイパス)でもうまく機器を駆使して、大出血することなく吻合することが可能です。あともう一つとても大事なパターンがあります。むしろこちらの方が冠動脈バイパス手術の主役です。それは内胸動脈を用いたバイパスです。「内胸動脈」。決して大きな血管ではありませんが、その割に存在感と信頼感、知名度では心臓外科の世界ではエース級です。内胸動脈は鎖骨の裏を走って腕につながる鎖骨下動脈の枝の一つで、肋骨の裏側をまっすぐ下りて、肋骨と肋骨の間にある肋間筋に枝を出しつつ、やがて腹壁に達する、ちょうどボールペンの芯くらいの太さの血管です。これを肋骨の裏側から丁寧にはがすと、ぶらぶらにはがれて心臓の表面に届く長さになります。そしてその梢(こずえ)を切ると、ビュンビュン血液が噴出します。これをせき止めておいて、ターゲットの冠動脈につなげるのです。この内胸動脈がなぜエースかというと、その優秀性にあります。優秀な血管とは、つまりバイパスで使うあらゆる血管の中で、この内胸動脈がもっとも長期間流れてくれる可能性が高い、ということが分かっているのです。したがって可能な限り、これを冠動脈の中で最も重要な枝である「左前下行枝」につなぐ、というのが、私たちの冠動脈バイパス術の軸となるつなぎ方です。下の写真はまさにその軸のバイパスをつないでいる写真です。
冠動脈バイパス術の軸となるつなぎ方

冠動脈バイパス術の完成図
 冠動脈バイパス術後の立体的なCTの画像をご覧ください。
冠動脈バイパス術の完成図 冠動脈バイパス術後の立体的なCTの画像 この患者様はゴルフ中に胸の痛みを自覚、近くの病院で急性心筋梗塞と診断され当院へ救急搬送されて来ました。到着後に当院の循環器内科医が迅速に心臓カテーテル検査を行い、なんと冠動脈すべての大事な枝が閉塞していて、非常にまずい状況であることが判明いたしました。そこで循環器内科医と私たち外科医とで治療方針を協議し、その日のうちに緊急冠動脈バイパスを行うことにしました。このままでは消えてしまうかもしれない命のともしびを何とか内科、外科で協力して救命しようと、みんな必死でした。こんな時に頼りになるもう一つの科があります。麻酔科です。心臓に緊急事態が起きている状況でのリスクの高い大手術、全身麻酔においても、当院の麻酔科医はきわめて洗練された管理をしてくれます。で、この患者様は結局4か所のバイパスをしました。バイパスのパターンは左内胸動脈→左前下行枝、上行大動脈→足の静脈→右冠動脈、上行大動脈→足の静脈→回旋枝1本目→回旋枝2本目でした。上の写真で白い「C」の形の部品は上行大動脈に足の静脈をつないだ場所がレントゲンで映るように目印として付けた部品です。左側の目印から下にまっすぐ下りているのが右冠動脈へのバイパスで、右側の目印から心臓の右側へ回り込んで、グニャグニャ走行しているのが回旋枝2本につながっているバイパスです。またそれらよりも細い血管が上から降りてきているのが左前下行枝につないだ左内胸動脈です。白い小さい点々は内胸動脈の枝を切るときに使う小さいクリップです。
冠動脈バイパス術後の心臓はこんな感じになります。

術後、どう?
 術前にみなさん口々に言うのが、「目が覚めたときに痛いのは嫌だ」ということです。ご安心ください。術後はみなさん「思ったほど痛くない」方が多いです。なぜならば必ずちょっとよく効く痛み止めを使うからです。正確に言うと集中治療部の医師が必ず痛み止めを使ってくれるからです。誰しもどこかが痛いと、深呼吸をしたり咳をしたり、体位を変えたりすることが嫌になってしまいますが、それは術後の呼吸の具合を悪くすることにつながってしまうので、それを避けるために痛み止めは必ず使います。そうです。痛みは我慢するべきものではないのです。また集中治療室では、痛み止めに限らず、心臓手術後の管理全般を熟知した集中治療部の医師団と協力して治療に当たりますので、どうぞご安心ください。

 術後の経過は患者様によってさまざまですが、おおむね術後1-2日以内に人工呼吸を離脱して2-3日後に集中治療室を卒業します。その後は多少点滴などがつながっていても積極的にリハビリをします。術後ベッド上での治療が長ければ長いほど体力回復に時間がかかり、その他の合併症も増えることが統計的に分かっているので、点滴がつながっていようと、チューブがあろうと、積極的にリハビリをします。そして体力が回復したら・・・・、退院が見えてきます。手術から退院までだいたい平均2-3週間といったところでしょうか。

結局、どうすればいい?
 これから冠動脈バイパス術をお受けになる方、あるいはそのご家族の方で、わからないことがあるままになってしまっている、どこで聞いたらいいかもわからない、セカンドオピニオンを聞きたい、と不安に思われている方は是非当院心臓血管外科外来にご連絡ください。火曜日、木曜日の午前中に皆さんとお会いしてご説明申し上げます。どうすればみなさんにとってもっともハッピーな結果を生み出せるかという視点に立って、治療の作戦を立てましょう!

文責 郷田素彦